外部空間における様々な「装置」の調査研究プロジェクト


by nagahama-lab
『新・外部空間装置辞典』は、下記URLに引っ越ししました。

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神戸芸術工科大学 長濱伸貴研究室
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# by nagahama-lab | 2010-05-20 20:26
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世界で一番美しい広場。
そう呼ばれるのは、イタリア・トスカーナ地方のシエナという町にある「カンポ広場」である。昨年の初夏に休暇を利用して、車でローマからフィレンツェにかけて山岳都市を巡った際に訪れた町のひとつである。中世のたたずまいを今なお色濃く残すこの町は、金融都市として繁栄し、世界最古の銀行の本店やシエナ大聖堂などがその繁栄の証しとして現存している。
シエナの町は、地形的に3つの尾根筋が、ひとつの交点を中心として放射状に広がるかたちで広がっている。その交点となる位置にカンポ広場はある。有名な扇形をした広場の形や傾斜は、もともと尾根と尾根の狭間に作られた自然の地形を生かした広場であったことによるらしい。ともあれ、プブリコ宮殿(現市庁舎)とマンジャの塔に向かって、すり鉢状にゆるやかに傾斜する広場では、多くの人々が、腰を下ろしたり、寝そべったりしながら、思い思いのゆったりとした時間を過ごしている。その風景は、赤レンガ敷きの都市広場であるにもかかわらず、緑の丘の上で人々がくつろぐ風景を彷彿させる。それは、8本の白い大理石のラインによって強調されたすり鉢状の形態が、その場の人々を優しく包み込み、自然で穏やかな空間を作り出しているからだと思う。
目線を上げてみると、広場の周囲は、小さな柱のある美しい飾り窓の5~6階建ての建築群に取り囲まれている。その低層階には、バール、ピッツェリアなどの飲食店やお土産物などの商店が軒を連ねていて、広場に賑わいと活気を与えている。広場に張り出した大きなテントの下では、地元の人々や観光客が、名物のシナモンやチョコレートのお菓子とカプチーノを味わいながら、ゆったりと広場を眺めている。驚くことに、この広場では毎年夏に、「パリオ」と呼ばれる伝統行事、シエナの各地区対抗の競馬大会が開催される。赤レンガの広場に土を持ち込み、一時的な馬場を作り、中世の衣装をまとった騎手が競技を行う。当日の広場は超満員となり、熱狂と歓声に包まれる。まさに、この広場は、日常的にも非日常的にも「都市の劇場空間」となっているのである。
このイタリア旅行で興味深かったのは、イタリア人の町の使い方である。中世以来の伝統的な建物や広場を、ことさら後生大事にするのではなく、さりとて粗末に扱うわけでもなく、それらにきちんと敬意を払いながら、今の時代のスタイルを持って使いこなしている。現代的なデザインのイタリア車が、中世さながらの裏通りに停めてあっても違和感を覚えないことが印象的であった。彼らの中で、中世から現代に至るまで、生活に対するデザインが脈々と連続していて、一貫した感性を頑固なまでに持ち続けていることがそうさせているのだと思った。カンポ広場も、観光客にとっては歴史的な遺産であるが、しばらくその場所に身を置いていると、自分自身の暮らしの場のひとつのように思えてくる。その魅力こそが、「世界で一番美しい広場」と呼ばれる本当の理由のような気がした。(文と絵:澤木光次郎 OSOTO v.06 掲載)
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# by nagahama-lab | 2009-11-11 18:42 | 外部空間装置|か行
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ビルや高速道路が建ち並ぶ街中に突如として現れる「緑の丘」。
その「緑の丘」は、大阪ミナミにある「なんばパークス」である。なんばパークスは、南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)のホームグラウンドであった大阪球場の跡地に開発された大規模商業施設である。球場があった頃のその界隈は、僕らの世代の大阪っ子にとって、野球観戦やコンサート、アイススケートなど、子供の時から「記憶に残っている場所」でもある。その思い出の場所に「緑の丘」が完全な姿を見せたのは、5年ほど前の秋だったと思う。建設中から丘の形がなんとなく見え始め、その丘にたくさんの緑が植えられていく様子を眼にしていた。丘の中はいったいどんな風になっているのだろうとワクワクしていたのを覚えている。
オープンして間もなく訪れた「緑の丘」は、それまで体験したことのないような場所であった。丘の真ん中が切り開かれたようなキャニオン(渓谷)の両側には、ショップやレストラン、カフェなどが雛壇状の崖に埋め込まれるように並んでいて、見上げると壮観であった。さらに、丘の上、すなわち建物の屋上には、建設中に街から見えていた鬱蒼とした森が広がっていて、まさに公園のような場所であった。その「パークスガーデン」は地上部から段丘状に伸びていて、森の中を巡っていくとちょっとしたハイキング気分になる。その道行きの途中途中に、カフェやレストランが顔をのぞかせたり、花の咲き誇る休憩スペースやパフォーマンスで盛り上がっている円形劇場などに出会ったりする。今春、増築されて、森の中で佇めるベンチのある階段状のテラスや森の水族園をテーマとした木製遊具のある遊び場などがさらに付け加わり、都心の屋上公園として完成した。
その後も、遊びや仕事の都合で定期的に、なんばパークスを訪れている。平日の昼間は子供連れのお母さん達、夜は仕事帰りのOLやカップルで賑わい、休日には、多くのファミリー客で賑わっている。一年を通じて、森の様相の四季折々の移り変わりとともに、それらの人々が思い思いに森の中のあちこちで、佇んだり、買い物をしたり、遊んだり、イベントを見たりしている歳時記のような森の風景がとても印象的である。僕が小学生の頃ホークスの応援に初めて行き、中学生の頃初めてのデートで行ったあの「憧れの場所」が、20年の時を経てその姿を変え、もっと多くの様々な人々の「憧れの場所」となっているのを眼にすると、感慨深さと同時に少し不思議な感じもする。どちらにせよ、この場所が未来に向けて、人々の「記憶に残る場所」となり得ているのは確かである。(文と絵:澤木光次郎 OSOTO v.05 掲載)
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# by nagahama-lab | 2009-11-11 18:39 | 外部空間装置|な行

みどう・すじ【御堂筋】

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その道路は、秋になると金色の森になる。
 大阪のキタとミナミを結ぶメインストリート「御堂筋」である。全長約4キロ、幅員約40メートルという道路で、4列縦隊の巨大なイチョウ並木が、壮観な都市景観を生み出している。江戸時代には淀屋橋筋と呼ばれ、幅員6メートルほどの街路だったが、大正末期から昭和の初めにかけて、地下鉄建設と共に拡張工事が行われ、現在の姿となったようである。工事中には、当時としてはあまりにも幅が広すぎることから、「街の真ん中に飛行場でも造る気か?」と言われたとか。確かに、信号機が点滅してから横断歩道を渡り始めると、小走りでないと渡り切れないほど幅が広い。
 子供の頃、母に連れられて御堂筋沿いのデパートでのお買い物によくつき合わされた。その時には有名建築家が設計した建物だとはもちろん知るはずもなかったが、イチョウ並木とエレガントな建物群がつくる街路の様子に、子供心に“憧れ”を感じたものだった。その後大人になって、パリのシャンゼリゼ通りを訪れた際、当時感じた“憧れ”の微かな記憶が蘇えってきた。当初は、「都心の大きな並木道」という単純な共通性がそうさせるのかなと思ったが、シャンゼリゼ通りのカフェで佇みながら街の様子を眺めていると、もっと深い共通性があることに気づいた。森のように見える並木に包まれて、古くからある建物や新しい店舗などが入り交ざりつつ、統一感のある歴史の重なりを見せる街並み。それを市民が愛し、街を使いこなしている風景が共通しているのだ。その風景こそが、訪れる者に、時を乗り越えて「都市の憧れ」を喚起させる理由なのだ。
 ここ数年、御堂筋沿いでは、建物の建て替わりやビルのリノベーションが多く見られる。とりわけ心斎橋周辺では、シャンゼリゼ通りさながら、高級ブランド店やメーカーのショールームなどが立ち並ぶようになり、オフィスビルが多かった街並みに華やかな彩りを与えている。イチョウ並木に面したオープンカフェもあったりして、歩いていて楽しい。春先にはイチョウ並木の若葉、真夏には濃い緑陰、冬にはイルミネーション、そして秋には金色の森。一年という暮らしのリズムと、御堂筋という森の風景の移ろいが、この街では完全にシンクロナイズしている。完成してから約70年を経てイチョウの森が十分に成長したことによって、街並みがその表情をいくら変えても、子供のころ見たあの御堂筋の印象は変わることはない。経済活動によって変化する都市の中で、唯一ずっと変わらずにそこにあるものである。四季の変化を繰り返しながら、いつまでも街の真ん中に居座り続けているその森の下では、様々な人々が行き交い、森の情景とともに、その時の記憶を積み重ねながら生きている。時間が経って、その変わらぬ森の情景を眼にした時、かつての記憶がふと思い出として蘇り、自分の人生の歩みに気づくのである。その瞬間、「金色の森」は、それぞれの人にとっての「かけがえのないもの」となり、街にとっての「憧れ」となるのだ。(文と絵:澤木光次郎 OSOTO v.04 掲載)
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# by nagahama-lab | 2009-11-11 18:36 | 外部空間装置|ま行
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 公園というよりは、大きな森だった。
 ニューヨークのマンハッタンに横たわる「セントラルパーク」である。数々の映画のロケ地にもなっているので、スクリーンを通して見覚えのある風景もたくさんあり、そういう意味では、世界一有名な公園と言えるだろう。摩天楼と呼ばれる世界一高密度に開発された街のど真ん中に、なぜこれ程までに「長方形の大きな森」があるのか不思議に思って、少し調べてみた。驚くべきことに、今から約150年前に、F.オルムステッドとC.ヴォーというランドスケープアーキテクトによってデザインされ、人工的に造られた森であった。マンハッタン島の原風景は、岩盤が剥きだしになった荒野で、現在、僕等が眼にする公園内の樹木はすべて植えられたものであり、大きな湖もつくられたものである。園内に点在する岩盤は、唯一、当時のまま保存されたものらしい。ちなみに、岩盤の大地であったことが、建築を高層化できる安定した地盤をもつ場所として、この地に摩天楼が計画された理由だったようでもある。
 今となっては、元々あった森を残したかのように見える広大な森の下では、四季を通じて、様々な人々が、様々に公園を使いこなしている風景が見られる。ジョギングをする人、アイススケートをする人、乗馬をする人、リスに餌をあげる人、泳ぐ人、本を読む人、犬の散歩をする人、鳥の観察をする人、日光浴をする人などなど、枚挙に暇がないほど、あちこちで思い思いの活動をしている。その多様な風景は、まさにニューヨークが人種の坩堝であることを象徴しているかのようである。巨大なコンクリート・ジャングルで働き暮らす人間にとって、それに匹敵する巨大な緑のジャングルが精神的に必要であり、人種の文化や価値観を乗り越えて共有できる「自然」が、この街には求められて来たのだと思う。
イエロー・キャブのクラクションが鳴り響く摩天楼のストリートから、一歩、足を踏み入れるだけで、静寂な無垢の自然の中にいるように錯覚するその風景は、周囲の高層建築群と同様に人の手によって造られたものである。そして、約150年もの間、建築のスクラップ&ビルドを見つめながら、永続的に成長してきた森の風景でもある。建築は、老朽化や最新化という名の下において、“刷新”という変化を繰り返さざるを得ないものである。一方、セントラルパークという「自然」は、ダイナミックで心地よい四季の変化を人々に提供しながら、年を重ねるごとに“更新”という成長を繰り返し、遂には、移ろうマンハッタンに、変わることのない永遠とも思える「自然」をつくりあげた。
その大きな森は、市民の憩いの場としてだけではなく、ホームレスやJ.レノンの殺害現場など、社会の裏側の問題をも沈黙したまま飲み込みながら、かけがえのない「都市の自然」として、今なお、ニューヨーカー達に愛され続けている。
たとえ、それが造られた「自然」であったとしても。(文と絵:澤木光次郎 OSOTO v.03 掲載)
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# by nagahama-lab | 2009-11-11 18:32 | 外部空間装置|さ行
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はじめて訪れた時から、とても居心地の良い場所だと思っていた。
その場所は、新宿副都心の超高層ビル街の真ん中にあって、新宿三井ビルディングの足元にある「55ひろば」という広場である。周囲の知人たちに、この広場のことを聞いてみても、その場所自体はよく知っているのだが、意外と名前が知られていないのをいつも不思議に思う。新宿三井ビルディングの方は、ハーフミラーと黒を基調とした外観が、超高層ビル街の中でも際立っているので、「三井ビル」という略称とともに皆が知っているのだが。ちょっと調べて見ると、「55ひろば」の名前は、三井ビルが55階建てであることから、そう名付けられたらしい。「GO!GO!HIROBA」だろうと、心の中でなんとなく思っていた自分がちょっと恥ずかしくなる。
 この広場が、まず良いのは、超高層ビル街の谷あいにありながら、そのことをまったく感じさせない都会のオアシスとなっていることである。昔、NYの摩天楼の中心地にある「ペイリーパーク」という小さな庭のような公園を訪れたことがある。そこも55ひろばと同じように、都会の喧騒から切り離れた居心地の良い場所となっていた。白いワイヤーチェアに腰かけた初老のおじいさんが、コーヒーを飲みながら、ゆったりとした雰囲気で新聞を読んでいるのを眼にした時、街の豊かさとはこういうことだと思った。
この2つの場所に共通しているのは、広場の突き当たりに「滝」があることである。滝の音が街の騒音をかき消しつつ、「ずっと眺めていられるもの」にもなっていて、「ずっと座っていることができる」という感覚を与えているように思う。特に、55ひろばの方は、道路のある地上階と広場のある地下階との段差を上手く利用してあって、その段差の壁面に、立体的な滝が、まるで屏風絵のように組み込まれているのがいい。
 もうひとつ、この広場が良いのは、イベント・ステージがあることだ。このステージでは、ビルのオフィス対抗カラオケ大会やブラスバンド演奏会などが毎年開催される。広場全体を利用したクリスマス・イベントやフリーマーケットなども開催されたりしている。日常的につかっている広場が、ある日突然、イベント会場に変化するのは、まるで神社の境内のお祭りのようで、通りすがりに見ているだけでも、なぜかワクワクしてしまう。55ひろばの周囲には、広場を取り囲むように、レストランやベーカリーショップなどのいい感じのお店が立ち並んでいる。天気の良い日には、ケヤキの木陰でテイクアウトを食べながら、広場に居座っている様々な面々を眺めてみる。携帯するOL、居眠するサラリーマン、化粧する女子高生、談笑するおばさんたち、キスするカップル、…観察する僕。みんなが、この広場の居心地の良さを感じているのだと思えた。
新宿副都心という、その昔、未来を夢みてつくられた街の中で生まれたその広場は、完成後、30年の歳月を経ても、色褪せるどころか、ずっとなくてはならない「都会のオアシス」としてあり続けているのだ。広場の名前をみんな知らなくても、その広場の普段の情景やイベントの風景は、みんなの記憶の中に、しっかりと刻み込まれているようである。(文と絵:澤木光次郎 OSOTO v.02 掲載)
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# by nagahama-lab | 2009-11-11 18:27 | 外部空間装置|か行
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そこは、初めて体験する未知の空間だった。
札幌市の郊外にあるその場所は、彫刻家のイサム・ノグチによってデザインされた「モエレ沼公園」である。もともとゴミ処分場であった敷地を、市がノグチの協力を得て、公園として再生させたものである。しかしながら、眼にしたその公園の風景は、僕らが一般的に「公園」と呼んでいる場所の印象とは程遠いものであった。「大地全体をひとつの彫刻とする」というノグチ自身の言葉通り、土、木、石、ガラス、ステンレスなど様々な材料をつかった大地の彫刻が、連続的に点在している場所となっている。一見、それぞれの彫刻は無造作に置かれているように見えるのだが、その中を歩き回っていると、なんとなくその置かれ方に必然性があるように不思議と思えてくる。同時に、山や森やガラスのピラミッドなどの彫刻群が雄大なスケールをもっていて、まるで自分が子供になったような錯覚を覚える。その巨大なカタチによるものだろうか、山へ登る白い坂道では、天国へ行くような気分になるし、森の中の遊び場では、ジャングルを探検するような気分になるし、ガラスのピラミッドのなかに入ると、空の中にいるような気分になるのだ。
モエレ沼公園には、札幌旅行中の平日と休日に2度訪れた。閑散とした平日には、大地の彫刻と自分自身が真っ向から対面することとなり、大きな自然にとって、僕がいかにちっぽけな存在かということを思い知らされた。家族連れで賑わっている休日には、大地の彫刻の上で、人々が美しく映える風景を眼にすることで、大きな社会と僕がつながっているような気がした。このような「厳しさ」と「優しさ」の2面性を同時に合わせもつような感覚を、モエレ沼公園という場所はもっていると思った。ノグチのもうひとつの作品である「ブラックスライドマントラ」という滑り台の彫刻が札幌大通り公園にある。見かけは真っ黒で、かなりイカツイ感じがするが、実際に滑ってみると、とても心地良く、作り手の優しさが、お尻の感触から感じられる。実際、ノグチ自身も、「この彫刻は、子供たちのお尻で石が磨り減って、はじめて作品が完成されるのだ」と言っていたそうである。この小さな石の彫刻にも「厳しさ」と「優しさ」が共存しているのだ。
ノグチがこの彫刻やモエレ沼公園のデザインを通じて伝えたかったことを僕なりに考えてみた。自然は、人類が地球上に存在するずっと前から、そこにあり続けているものである。そういう意味では、本来、人に対して厳しいものでもなく、さりとて優しいものでもない。そのような無垢の自然と人間の行為が織り成す芸術風景によって、はじめて人々は、自然のなかに「厳しさ」と「優しさ」を感じ取り、その風景の美しさに感動するということを伝えたかったのだと思う。
モエレ沼公園は、イサム・ノグチという人間によって、すべてデザインされた新しい場所である。様々な本や雑誌で、彼の作品や思想が紹介されているが、この公園に実際、身を置いてみると、大自然の中で人間が集まって生きていくときに必要となるものをずっと考え続けていた人なのだと思った。「芸術」というややともすると、日常生活にとっては贅沢品と思われがちなものが、厳しさと優しさを持つノグチの手にかかると、暮らしの豊かさとして必要不可欠なものとなってしまう。それは、いとおしくなるような「デザインされた風景」のひとつとして、人々に記憶されていくのだ。     (文と絵:澤木光次郎 OSOTO v.01 掲載)
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# by nagahama-lab | 2009-11-11 18:20 | 外部空間装置|ま行
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もう20年程前になるだろうか、新幹線の車窓からはじめて眼にした東京タワーは、意味もなく、ここがトウキョウであることを誇らしげに印象づけていた。その後、新宿、渋谷、青山などお決まりのトウキョウ見物を繰り返したものである。しかし、ほとんどの場所が、子供の頃からCMやドラマで見たことのある風景だった。はじめて訪れたはずの街の風景が、懐かしい風景として、突然、眼の前に姿を現す。新宿の高層ビル街や渋谷のスクランブル交差点にいたっては、上空からの景色まで知っている自分がいることに気づかされる始末だ。
この映像化された街・トウキョウの中で、なぜか「表参道」だけは、唯一といっても良いほど、ホッとさせてくれる風景をもつ街だった。ケヤキ並木沿いには、ファッションブランド店や当時珍しかったオープンカフェ、部分的にコンバージョンされた古めかしいアパートメントなどが雑居して並んでいた。歩道では、ジェラートを食べながらおしゃべりをしている女子高生たちや怪しげなグッズを売る露天商、戦争反対を訴えながら募金を請う若者など、こちらも雑居して並んでいた。これらの街の風景が、ケヤキの大きな傘に包まれるように広がっていて、それぞれが“サマ”になっているのだ。街の暖かみと洗練された雰囲気のバランスがとても良い緩やかな坂道の風景をもつ街であった。
数年前になるが、「六本木ヒルズ」を見物に行った。上空からの様子は、ニュースなどでよく知っている街だ。ガイドブックでは、東京の新しい観光名所だという。超高層の建物は海外の建築デザイナーが、広場や道路はランドスケープデザイナーが、徹底的にデザインしたらしい。デザイナーズ・マンションならぬデザイナーズ・タウンとも呼ぶべき、街自身が巨大ブランド品なのである。複雑な街を少し迷子ぎみに徘徊していると、なぜか楽しくてなってきて興奮気味になってしまう。ちょっと息抜きにと外へでてみたが、日本庭園があったり、イベントで賑わっている広場があったりして、息つく暇もない…。と思いつつ歩いて行くと、「六本木けやき坂通り」という目抜き通りにでた。ケヤキ並木、坂道、沿道の有名ブランドショップ。「表参道」と同じ構成である。こちらには、舗装やアートなベンチ、照明など凝ったデザインが施されているのだが、出来立てのよそよそしさも手伝ってか、「表参道」のような街の趣きを感じることはない。ふと振り返ると、新しくデザインされた建物群や広場が折り重なるように僕の方へと迫ってきて、少し恐い感じがしてしまう。いったい何が違うのだろうか?と考えながら、麻布十番に向かってその坂道を下っていく。下町の商店街を歩きながら、「表参道」と同じような暖かみをそこに感じて、なんとなく気づく。「六本木ヒルズ」では、街に“時間”がないのだ。日本庭園があって、古いものもあるように思えるが、それを覆いつくして余りある“新しいもの”だけでつくられているのだ。「表参道」には、古いもの、新しいもの、古いものを活用したものが雑多にあり、そのちょっとした時間のズレをもつ新旧の混ざり具合が、洗練された暖かみを街に醸し出しているのだ。
「六本木ヒルズ」もこれから時間を経て、街が移り変わって行くのだろうが、大規模再開発という一時にリセットされた街が、どうなるのかは僕には予測もつかない。ただ、大正期に明治神宮の参道としてつくられ、その後、時代の変化と共につくり上げられてきた「表参道」という街との時間感覚の違いを埋めることができるのだろうか?という疑問だけは残る。しかし、ここ数年、その「表参道」にも、有名建築家の建物が立ち並び、徐々に「六本木ヒルズ」化しているのは皮肉なことである。その影響からか、「ウラハラ」や「キャットストリート」と呼ばれる裏通りのほうへと僕の好きな「表参道」が追いやられていっている。結局のところ、トウキョウという街は、風景を消費しながら成長していく、巨大ブランド品としてのデザイナーズ・タウンなのかもしれない。(文と絵:澤木光次郎 OSOTO v.00 掲載)
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# by nagahama-lab | 2009-11-11 18:00 | 外部空間装置|ら行
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建物の屋根部や屋上階を緑化する手法。写真は、地上130mでの屋上緑化の事例である。
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# by nagahama-lab | 2008-12-03 20:09 | 外部空間装置|あ行
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飲食店や喫茶店の店前の歩道沿いの席。国内では、健康増進法に伴って増えたようである。
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# by nagahama-lab | 2008-11-10 23:04 | 外部空間装置|か行
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全国的によく見かけるソメイヨシノの並木。春も良いが、川沿いの秋の風景も味わい深い。
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# by nagahama-lab | 2008-11-10 22:55 | 外部空間装置|さ行
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スペースの有効利用を図る機械式駐車場。ガンダムチックなデザインで2段式タイプのもの。
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# by nagahama-lab | 2008-11-10 22:51 | 外部空間装置|ら行
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主として歩行者等の休息、鑑賞、交流等の用に供することを目的とする「みんなの場所」。
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# by nagahama-lab | 2008-11-05 17:12 | 外部空間装置|た行
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堤外地の普段水が流れていない平坦な土地。様々な人々が思い思いの場所に居る都市風景。
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# by nagahama-lab | 2008-11-05 15:44 | 外部空間装置|か行
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建物と一体的にデザインされた植桝型。生け花のようなアート感覚の配植がいい感じ。
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# by nagahama-lab | 2008-11-05 15:26 | 外部空間装置|な行
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公共の福祉の増進に資することを目的とした都市計画施設。要するに「みんなの場所」である。
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# by nagahama-lab | 2008-11-05 15:15 | 外部空間装置|た行
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全国の路傍にある子供の守り神。それにしても二宮君は今まで何冊の本を読んだのだろうか。
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# by nagahama-lab | 2008-10-31 15:46 | 外部空間装置|さ行
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建築の壁面を緑化するという都市緑化手法のひとつ。セルフビルドな壁面緑化が良い感じ。
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# by nagahama-lab | 2008-10-30 23:18 | 外部空間装置|は行
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下町で多く見られる家の前での園芸活動。生態学的にはあり得ない植物の共存が見られる。
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# by nagahama-lab | 2008-10-30 23:11 | 外部空間装置|な行
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都市緑化の一つの試み。電車が通過する度に冷や冷やしているせいか、生育が思わしくない。
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# by nagahama-lab | 2008-10-27 21:13 | 外部空間装置|さ行
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神が降臨する「依り代」となる樹木。神も都市の過密化の影響を受ける時代である。
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# by nagahama-lab | 2008-10-24 20:06 | 外部空間装置|か行
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学童の安全な登下校のために設定された道路区間。↓【水溜り】がデザインのモチーフ?
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# by nagahama-lab | 2008-10-24 19:19 | 外部空間装置|さ行
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舗装の不陸によって起こる自然現象。雨あがりの情緒を演出する装置の一つ。
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# by nagahama-lab | 2008-10-24 14:01 | 外部空間装置|ま行

やたい【屋台】01

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移動式の簡易店舗。なんでもない街角を、一瞬にしてレストランに変身させる魔法をもつ。
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# by nagahama-lab | 2008-10-22 19:49 | 外部空間装置|や行
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仮設ステージによるイベント風景。普段見慣れた芝生広場が一変し、夢を見てるようだ。
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# by nagahama-lab | 2008-10-20 17:33 | 外部空間装置|は行
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世界的に最も面積の大きい舗装材。なので、世界最大の落書きコーナーでもある。
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# by nagahama-lab | 2008-10-20 17:00 | 外部空間装置|あ行
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ビーチを利用した結婚式場。自然信仰の南の島らしい風景に感じた。
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# by nagahama-lab | 2008-10-18 23:03 | 外部空間装置|か行
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奄美大島・あやまる岬で発見した屋外プール。半自然、半人工の曖昧な感じがたまらない。
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# by nagahama-lab | 2008-10-18 21:33 | 外部空間装置|あ行